2017年1月9日 『貧乏人は麦を食え』
1960年は日本経済の大転機でもあった。 池田勇人内閣誕生である。
『貧乏人は麦を食え』と言ったとされている総理大臣。 本当のところは
所得の低い階層は健康のために、麦をもっと食べたほうが良いと言ったのを、
ジャーナリズムが勝手に盛り上がったのだとか。
『所得倍増計画』で日本経済は大きく成長を始める。1964年の東京
オリンピックを招致、そのあと辞任されたとか。
筆者は1961年、昭和36年、中堅どころの総合商社に入社を許され、
高校時代からの、本当に、長年の夢を叶えた。 輸出でドルを稼げという
大命題に後押しされ、前途洋々の船出だった。
1962年、昭和37年に首都高速道路開通。オリンピック開催に向けて
着々と準備進む。
1963年、昭和38年、大学のクラスメート22名の中で真っ先に結婚。
そして、1964年、昭和39年、東海道新幹線開通、東京オリンピック
開催。
記念すべき1964年に宿った子宝が無事、1965年、昭和40年に
長男誕生、両親への初孫プレゼントという親孝行の大任を果たした。
そして、いよいよ、この年、海外雄飛の夢が叶い、ニューヨーク駐在を
命ぜられる。 しかし、当時は一旦海外に出ると、親の死に目に会えない
という暗黙の社内ルールがあり、新橋の有名な天麩羅店で「水さかずき」
を交わして、生後6か月の長男と新妻と両親とのわかれの宴。