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2017年・・・1月5日

 1942年、昭和17年、ミッドウェー海戦の敗北から日本は地獄の敗戦に

向かって真っ逆さまに突き落とされる。

 僕は6才になったが、東京の町はまだ平和そのもの。

 ところが、僕はとんでもないことをやってしまった。

 この頃の地方出身者の住宅事情を説明しておく。今のようなアパートとか

マンションとかが出来る前は、「貸間」とか「下宿」とか、空いている部屋を

部屋貸しすることが一般的だった。 風呂は「銭湯」、食事は近所の食堂か

買い食い、トイレは大家さんと共用。 つまり、学校とか勤め先から帰宅

しても、着替えと寝るだけであった。

 我が家に独身男性が下宿しており、朝食を食べに近所の知人宅に出ている

留守に僕が二階のその部屋に入り、煙草の箱を見付け、大人の真似をして

煙草に火をつけ、一口吸い込んだ。 とたんにむせて、火を消さないで

紙屑籠に投げ込んで、下に降りてしまった。

 外を通りかかった人が、窓から煙が出ているのを見て、「火事だ」と

騒いだ。 煙が階段を伝って階下にも流れた。 それを見た母親は洗濯用の

盥(たらい)に水を半分くらい入れて、両腕で抱えて階段を上がった。

たらいは直径1メートルはあり、女の細腕で良く持てたものだ。 これが

ほんとの「火事場の馬鹿力」である。 消防自動車も来たが、火はボヤで

済んだ。 消防署の報告は紙屑籠のあったところに、ラジオの配線があった

ので、「漏電」で済ましてくれた。 故意ではないが「放火」の罪を逃れ、

子供心に胸を撫でおろした。

 大学入学後、母親に事実を白状したら、「お前がやったの!? まー!」

と驚いていたが、15年も経っていたせいか怒られなかった。

 煙草は大学4年生、24才まで吸わなかった。