私のアメリカン・ドリーム

 私は25年勤めた会社を、50才という中途半端な年で辞めた。 定年までまだ15年はあったし、厚生年金だってまだ25年しか掛け金を払い込んでおらず、満額貰うのにはあと15年払い続けなければならなかった。 然し、私は私のアメリカン・ドリームを追いかけたくて、会社に辞表をだした。 理由は「一身上の都合」という決まり文句のみ。

 もとの直属の上司で人事本部長に昇進していた先輩が晩飯をご馳走してくれた。 ちなみに、ほかは誰も送別会をしてくれようとはしなかった。 彼は会社の待遇に不満でもあったのかとか、他社の引き抜きかと、訊いてきたが、そんなことではなく、長年アメリカに住んで、やってみたい事業があるのだとだけ、説明しておいた。

 アメリカの住宅事情は日本とは大分違い、若い時は親元かアパート暮らしが普通である。 結婚すると小さい家を買う。 家族が増えると大きい家に買い替える。 すべて、普通は中古の一戸建て住宅である。 老朽化すると、建て替えではなく、買い替える。 新築住宅は開発業者が建てる。 古い家の建て替えもするが、新しい住宅団地を造成して、一度に大量に供給することもある。 一戸の価格は日本とは大違いである。

当時のいい物件でも平均価格は2500万円くらいだった。 

 日本から駐在する場合、支店長とか社長だと、お客を呼べる豪華邸宅が必要だから

会社が購入したり、賃借したりする。 稀に相当長期滞在を覚悟するひとが、ローンで購入することもある。 価格が上昇中なら帰国時に売却して利益が出ることもある。

簡単に売却が出来なくとも、帰国後会社が売却をしてローンの処理をしてくれることもある。

 他方、一般社員は中古の一戸建てを借りるのが普通である。 ところが、上記の通り

米国は売買が普通で、賃貸物件は少ない。 そこに目を付けた中国人あたりがローンで

購入、割高な家賃で日本人に貸し、差額で儲ける。 ローンにすれば金利が経費で落とせるから、税金対策もばっちりである。 

 私も、ここに目を付けた。 現金があっても、わざとローンで購入、賃貸にまわそうと考えたのである。

 私の次の事業は、店舗の買収・賃貸である。 商売というものはうまくいかないことがおおく、閉店に追い込まれることが多い。 引き継いでくれるテナントを見付けるのは容易ではない。 そのような物件をまるごと買いたたいて購入、貸しても良し、自分で営業に使ってもよい。 自分で商売に使うとなれば、開店資金を相当節約出来るというものである。 

 米国の特殊事情に、日本とは違い、車社会であり、住むところ、食べるところ、遊ぶところが散らばっていて、店舗が10件くらい集まっているケースが多い。 そういうところの店舗なら利用価値は多い。 あとは、はやるかどうかである。 

 米国で気が付くのはどこへ行っても中華料理店はある。 しかし、日本食となると極めて少ない。 鉄板焼きの「べにはな」は全米展開していたが、数は多くなかった。

意外なことに、米国人は食の変化を求めるのと、ダイエット効果を期待して、寿司を好むのである。 しかし、値段は割高で、握る職人が少ない。 

 前置きが長くなったが、もうひとつ、特殊事情がある。 それは、米兵が韓国駐留後帰国する際、韓国女性を連れ帰ることが多い。 ところが、彼女たちは永住権を貰って離婚し、夜の仕事で生活することを厭わない。 そういう女性と多数つきあい、私が店を持つときは協力してくれるか聞くと、みんな喜んで手伝うと言ってくれた。

 私は、当時日本で寿司ロボットのメーカーが二社はあることを掴んでいた。 これを

米国に持って行って、使ってみたかった。 店舗は米国にいる韓国人女性とレストラン・バーを開き、そこに寿司ロボットを使った寿司バーを置くという構想であった。

 以上、不動産業から入り、飲食店経営で全米チェーンを造り上げるのが私のアメリカン・ドリームであった。

 然るに、当時の日本人に対する米国入国ビザの発給は意外に厳しく、観光ビザがおりなかったのである。 その後は90日間フリーとかになったようだが。 かくして、私の夢は夢で終わったというお粗末でした。